願い事 99 真実の愛の喜びと不安が交錯している
セラはカフェリンダの一席、ソファーの背もたれに体を預け目を閉じている。
「セラ君が瞑想状態に入ったわ」
リンダが囁く様に言う。
「では静かにしないといけませんね」
京子が神妙な面持ちでセナを見つめる。
「あ、大丈夫よ京子ちゃん! セラ君こうなったら周りがどれだけ騒がしくても全然影響なく深く入り込んじゃうから。だからこの間は何か無いように見守る? 守るのが私たちの役目」
「そうなんですか」
「お兄ちゃん可愛い顔で寝てる~」
そうは言うもののまるで眠っているように穏やかなセラの顔を目の当たりにすれば、普段騒がしい椿姫ですら声を潜める。
そんな厳粛な空気がカフェリンダに漂う・・・。
「セラ君って・・・きれいな顔してるね・・・」
京子がポツリと言う。
「でしょ? 女の椿姫がちょっと嫉妬しちゃうくらいだよ・・・」
「男にしておくのがもったいない! みたいなね~」
リンダも後に続く。
「寝ている間にちょっとウエッグでもつけて口紅でも引いてみようか?」
「リンダちゃん止めてよ! お兄ちゃんが変な趣味に目覚めちゃったら椿姫嫌だよ!」
「プッ! 椿姫ちゃん本気で心配してるでしょ?」
「京子ちゃん笑い事じゃないよ! お兄ちゃんがお姉ちゃんになっちゃったら椿姫はどうしたらいいの?」
本当に困った顔をする椿姫をみてリンダと京子がクスクスと笑う。
表情豊かな椿姫は見ていて飽きないな、などと思う京子であった。
「ところで椿姫って名前可愛いよね! あえて姫ってつけてるところとか。」
「え? あ、ありがとう京子ちゃん。 椿姫うれしい・・・」
どういうわけか椿姫が顔を赤くして黙り込む。
「どうしたの椿姫ちゃん? また顔を真っ赤にして」
リンダが椿の顔を覗きこむ。
「え? あ? なんでもない・・・あ、やっぱり・・・京子ちゃんお願い・・・もう一回椿姫って呼んでみて」
もじもじしながら椿姫が言う。
「は? 何? 椿姫ちゃん?」
京子が聞き返す。
「だから~もう一回椿姫って呼んで」
「あ?あぁ・・・椿姫・・・」
何が何だかわからないと言った顔つきで京子が椿姫の名前を呼ぶ。
「・・・・・」
無言の椿姫。
「椿姫ちゃん? 一体なんなの?」
リンダがたまらず椿姫に聞く。
「良い・・・京子ちゃんは椿姫のこと、『つばき』って呼んで・・・」
「はぁ? どういう事椿姫ちゃん?」
京子が拍子が抜けたように椿姫に言う。
「いいから! 京子ちゃんは、椿姫のこと『つばき』って呼びつけで呼んでね!」
「あ、ああ、椿姫ちゃんがそう言うなら『つばき』って呼ぶよ?」
「ムフフ・・・やった」
胸の前で小さくガッツポーズをとる椿姫。
「椿姫ちゃん? 京子ちゃんに惚れたな?」
リンダが肘で椿姫の脇腹をつつきながら茶化す。
「惚れるだなんて・・・はしたない・・・でも椿姫、もしかしたら宝塚とか、はまっちゃうかも・・・」
椿姫がまたもやもじもじと言う。
「ひっどーい! 椿姫ちゃん結局京子のこと男としか見てないじゃん? あたしは男役か? 思いっ切り女の子っぽくさめざめ泣くよ~」
京子がおどけてこれでもかというくらい女の子っぽく泣きまねをする。
「ごめんごめん京子ちゃん! でも椿姫ちゃんじゃなくてツ・バ・キって呼んでね・・・」
にやける椿姫。
「もう! わかったわかった椿姫にはかなわないよ!」
京子はあきらめた、と言いたげに手のひらを肩の横で上に向けおどけた。
「なになになに? なんだか複雑な人間関係が出来てるぅ~? 椿姫ちゃん、セラ君が目覚めたらびっくりしちゃうよ? 京子ちゃんに大切な大切な椿姫ちゃんを取られちゃったって!」
リンダがにやにやしながら椿姫を見る。
「リンダちゃん椿姫はお兄ちゃんのものだよ! それにさ! お兄ちゃんがもう少し男らしく『つばき! 俺から離れるなよ?』的な感じだったら椿姫だってさ・・・」
あえて語尾を濁らせる椿姫。
「『椿姫はお兄ちゃんのものだよ!』って椿姫ちゃん、セラ君がいないとそう言うとこ正直だよね?」
リンダが笑いをこらえながら言う。
「そうだよ! 椿姫はいつだってそう思ってるのにお兄ちゃんは煮え切らないって言うか男らしくないって言うか!」
イライラした風の椿姫。
そんな椿姫の姿を見て笑うリンダと京子。
「可愛い可愛い! 椿姫のことをセラ君もきっと大好きだよ!」
そう言いながら椿姫の頭を撫でる京子。
「あ、こういうの! こういうのだよ椿姫がお兄ちゃんに求めてるのは!」
「へ? 」
京子が呆気にとられていると、
「京子ちゃん! お兄ちゃんが目を覚ましたらこういうの教えてあげて! 女の子がどうしたら喜ぶのかを!」
真剣な眼差しで京子に懇願する姿がいかにもかわいらしく、京子とリンダは声を出して笑うのだった。
「笑い事じゃないよ! まったくお兄ちゃんは女心がわかんないんだからさ!」
「それはきっとセラ君が椿姫のことをすっごく大事に思っているからだよ」
京子が諭すように椿姫に囁く。
「そうなのかなぁ・・・」
「そうだよ! 京子が言うんだから間違いない!」
「うん! わかった! 京子ちゃんに免じてそういう事にしておく!」
カフェリンダに3人の美女の笑い声が響く。
「『椿姫』ってやっぱりあのオペラの『椿姫』からのインスパイア?」
再び話題が椿姫の名前に戻る。
「そうなのよ~オペラの椿姫って最後ヒロインが死んじゃうじゃない? 縁起が悪いからやめろって言ったんだけど言う事聞かないのよ椿姫ちゃんのママが!」
「リンダちゃんとうちのパパとママと友達だもんね」
「そうなんですか?」
京子がびっくりしたように言う。
「そうなのよ! 学生時代からの親友! 椿姫ちゃんのパパとママは学生結婚だったのよ。だから私も小っちゃい頃の椿姫ちゃん抱っこしたりしてたんだけど、しばらく会えてなくて。それで初めて椿姫ちゃんがカフェリンダに来た時はすごく大きくなってたから『つばきひめ』ってセラ君が呼んでいても同じ女の子だって気が付かなかったの」
「椿姫は美しい女の子に成長したからね!」
鼻の先を人差し指でちょんと弾き椿姫は得意顔だ。
「でも椿姫だってさ、リンダちゃんがママのお友達だなんて思わなかったよ! ママは椿姫が言うのもなんだけど年より若くてきれいだけど、リンダちゃんもすごく若くてきれいだからマ・サ・カ・同い年とは思わないって普通!」
「あら可愛いこと言うわね椿姫ちゃん! あとでパフェ作ってあげるからね!」
「えへへ、チョコレートたっぷりで京子ちゃんの分もお願いしま~す」
ちゃっかりしている椿姫だった。
「そうそうそれでね! 椿姫ちゃんのママったら、『ヒロインのヴィオレッタは真実の愛を手に入れたのよ。愛する人の腕の中で最期を迎えられるなんて女性として最高の幸せ! この子にもそう言う真実の愛を見つけて欲しいの』って私が何を言ってもきかなかったのよ。でもまぁ今の椿姫ちゃんを見ていると『楽しみこそが苦しみの薬よ』って歌っていた歌詞そのものみたいね」
「なにそれ? 椿姫褒められてるの?」
椿姫が怪訝な顔をする。
「元気が良くって椿姫ちゃんのそばにいるとみんな楽しくなっちゃうってこと!」
そう言いながらリンダは椿姫の頬を両手で包んで慈しむ。
「へへっ椿姫はみんなが楽しいと幸せだよ」
「真実の愛の喜びと不安が交錯しているところあたりまさにオペラ椿姫ね。」
京子が小さくつぶやき微笑む。
セラはカフェリンダの片隅で、深く深く共有世界の深淵にまでその身を沈み込めていた。