願い事 89 『ニャオン・・・』奈々はどこにも行きません・・・ずっとおそばにいますよ・・・
ん・・・
なんだか胸のあたりが苦しい・・・・。
こんな事、前にもあったな・・・。
にゃー・・・
にゃーだ!ニャオンだ!
あいつまた俺の胸の上で寝てるな・・・。
あいつときたら、ちょっと構わないでほっておけば噛みつくは、そうかと思えば2、3日全く顔を出さないで心配させる・・・気まぐれ猫。
ニャオンは俺が引っ越してきてすぐ我が家に顔を出すようになった猫。
近くに寄ってくるのに半日。
俺の手からえさを食べるようになるまでに2日。
うちの勝手口から居間まで入ってくるようになるまで1週間。
だんだんだんだん俺のところに入り込んできた。
首輪はしていたので飼い猫だと思っていたが、近所の噂では線路向こうで亡くなった住民の家を開けた際にすっとんで出てきたのがニャオンだった、ともっぱらの噂だった。
亡くなった住民が老人だったのか若者だったのか、男性だったのか女性だったのか詳細な情報が全くなかったことから見ても噂は単なる噂であった可能性が高いが、どういうわけか俺が引っ越してきたその日から我が家に顔を出すようになった。
気まぐれ猫。
やきもち焼き猫。
毎日やって来ては「ニャーニャーニャオニャオ」鳴いて勝手口を開けさせる。
その鳴き声がニャオンと聞こえるから俺はニャオンとかニャーとか呼んでいた。
名前を呼ぶとすっとんで俺の近くに来る。
そんな事を猫がするとは知らなかった俺は痛く感動したものだ。
猫はもっと気まぐれで呼んだって反応なんてしないと思っていたのである。
毎日のように顔を出していたのだが不意に2、3日姿を見せなくなることがあった。
そんな時俺は、『事故にでもあったか? まさか電車に・・・」などと次にニャオンが姿を見せるまでヤキモキさせられたものだ。
だが当のニャオンは知らんぷりで魚の匂いをプンプンさせて帰って来たりする。
俺以外にもニャオンを可愛がっている人間が何人もいてニャオンはきっとその家々を渡り歩いていたのだと思う。それでも俺の家にいる率がかなり高かったはずだ。
ニャオンはふた冬ほど俺のそばに居た。
冬の寒い夜には勝手口でニャーニャー鳴いて俺に扉を開けさせる。
扉が開いた瞬間すっとんで入ってくるニャオンは『なんでもっと早く開けないのよ!』みたいな顔をして俺の事を見上げていた。
そんな夜、俺は2階のベッドではなく1階のソファーに掛布団を持ってきてニャオンと眠った。
背中が痛くなるし狭いから2階のベッドで眠りたかったのだが、一度2階に連れて言った時にニャオンがパニックになったことから以後はそうしていた。
ニャオンは賢い猫だった。
壁や柱を爪で傷つけるようなことは一度もなかったし、トイレに行きたくなるとさりげなく勝手口に行きニャーニャーとまるで『外に出せ』と言っているかのように鳴いた。
そして用を足すと再び勝手口でニャーニャー鳴き俺に扉を開けさせ部屋に入ってくるのだ。
大人しく俺の傍らで眠っているときのニャオンの顔はとても愛おしくいつまでも眺めていたくなったものだ。
が、どういうわけか夜中になると俺の胸の辺りに移動してきて眠る・・・
そして俺は息苦しさで目を覚ますのだ。
しかし自分の胸の上で無防備に眠る可愛い毛むくじゃらを無情に起こして移動させることが出来なかった俺はそのまま再び眠りにつくのであった。
ニャオンは大人しく優しく、性質の良い猫であったが時々俺に牙をむいたり爪を立てたりした。
2泊3日で旅行に行き帰ってきたとたん玄関付近に潜んでいたニャオンが俺の胸ぐらに飛びつき、そして喉元にガブリっと噛みついてきたのである。
まるで『私を放って一体どこに行っていたのよ!』とでも言いたげな顔をしていたのが忘れられない。
って自分は平気で2、3日全く顔を出さないで俺をヤキモキさせるくせによ!
と言い返してやりたいところであったが、その後のグデグデに甘えてくる愛おしい姿を目にして全て許してしまうのであった。
可愛い顔して優秀なハンターでもあり、俺が見たこともないようなデカいネズミやハト、ヤマドリなどを狩ってきては『どう?私ってすごいでしょう~褒めて』とか『あんたも私の事可愛がらないとこんな風にしちゃうからね・・・』みたいな顔をして自慢げに見せに来るのであった。
ニャオンと過ごす時間は俺にとってかけがえのないものとなり、休日はどこにも行かずニャオンと過ごしたりしたものだ。
ずっとこんな関係が続くと信じていた。
しかしニャオンとの別れは不意に、思いもよらず訪れた。
ふた冬目のある日の夜中、いつものように外に出て行ったまま二度と俺の前に姿を見せることはなかった。
俺はニャオンを探しに探したが、事故にあった様子もなく道路や線路にその姿を見つけることもなかった。
もしかしたら可愛がっている他の家に言っているのかもしれない・・・・。
2日、3日、7日、1ヶ月・・・俺はニャオンがなんでもなかったような顔をして帰ってくるのを待ち続けた。
不意の別れは、俺にニャオンを失った実感をもたらさない。
心のどこかで今でも、ニャオンが不意に帰ってきて、あの時と同じようにニャーニャーニャオニャオと俺の事を呼ぶのを待っているのである・・・・。
あ、あ、またニャオンの奴、俺の胸の上で寝てるな。
そっか俺は家に帰ってきたんだ・・・。
ニャオンやっと俺のところに帰ってきたんだな!
何にも言わず出て行ってずいぶん心配させやがって。
でも、なんでもいいや!
もう一度会いたかった。
無事に帰ってくれば何も言うまい。
しかしなんだかすごく異常な世界に行っていた夢を見ていたな・・・。
ニャオン?
おまえも、もしかしたらそんな世界に迷い込んじゃってたのか?
でも無事帰って来られてよかったな。
どうやら俺もお前のいる世界に帰って来られたみたいだよ・・・。
そんなことを考えながら胸の上にいるであろう愛おしいニャオンをあの頃のように撫でる。
「ニャオン、会いたかったよ・・・今までどこに行ってたんだよ」
眠っているニャオンを起こさないように小さく言い、再び眠りにつく。
「ん・ん~『ニャオン・・・』奈々はどこにも行きません・・・ずっとおそばにいますよ・・・」