愛とかよくわからないけど、なんか痛い 80 永遠の恋が成就する『幸せの鐘』 ~東京湾フェリー金谷港フェリーターミナル~
「ん…ん…」
リビングで微睡んでいた冬威が目を覚ます。
「目が覚めたのね冬威。いろいろ大変だったわね」
冬威を労う奈々。
「母さん、これで全ての目的が果たせた…『願い事』が叶ったよ」
笑顔を見せる冬威。
「そう…よかったわ。これであなたの未来も変わる。由起ちゃんが元気でいられる未来を手に入れたのだから…きっと冬威の未来も変わる。もう谷底の石ころみたいになる必要もない」
「そうだといいんだけどね…たぶんそこは変わらないよ…。むしろそこからがスタートみたいだよ」
冬威は束の間の微睡みの向こうで見た光景をそれとなく奈々に伝える。
「だとしても未来は必ず良くなるわ」
谷底で意識不明となっている事実は奈々と雅樹と冬威しか知らない。
ふたりは心理描写にすり替えて事実を伏せる。
仮に事実を知ったところで今の由起や美夏美優には何もできない。
いたずらに心配をかけたくないとの冬威の配慮だった。
「そうだよお兄ちゃん! きっと未来は明るいよ!」
「冬威らしくないこと言うなよな、いつだってポジティブだろ? 冬威は」
美優と美夏が立て続けに言う。
その傍らでジッと冬威を見つめている由起。
『冬威は何か隠してる…』
そんな由起の視線に気が付く冬威。
「由起? どうしたのそんな顔して」
「ううん…なんでもない。ちょっとぼ~っとしちゃった」
はぐらかす様に言う由起。
「由起も疲れたでしょ、少し休んだら?」
「由起は大丈夫」
そういった後押し黙る由起。
『冬威はタイムトリップで変更したい過去を全て変えた…。もういつ未来に帰っても不思議じゃない…』
冬威の腕に巻きつく白い腕時計をまじまじと見つめる由起。
「冬威君…由起ちょっと外の空気が吸いたい…。金谷の潮風にあたったら頭がスッキリするんじゃないかなって…」
由起がたどたどしく言う。
「由起、あんなことがあったんだから少し休んだ方が…」
「ううん、由起は大丈夫! 潮風にあたりたいの…」
冬威の言葉を制しながらも伏し目がちに言う由起。
「由起ちゃん潮風なんてベタベタするだけだよ」
美夏が手のひらをパタパタ振りながら言う。
「もう! 美夏はガサツなんだから! 由起ちゃんは外の空気が吸いたいの!」
そんな美夏を美優がとがめる。
「そっか…じゃあ美夏も一緒に行くぞ! 冬威!」
「ちょっと…美夏、少しは気を遣って!」
美優が小声で美夏に言う。
「なんだよ美優…」
バツが悪そうな美夏に美優が視線を送る。
『由起ちゃんはふたりっきりで冬威に伝えたいことがあるんだよ…』
「わかったよ…美優」
美優の視線の意味を推し量る美夏。
「そっか…でも美夏が言うように潮風なんてあたったってほんとベタベタするだけ…」
「もうっお兄ちゃんはロマンチックじゃないな! 女心がわからないっていうかなんていうか…女の子が『何々したい』って言ったら答えは『ハイっ!』でしょ? ね? ママ?」
今度は美優が冬威の言葉を制して捲し立てる。
そんな美優を見て由起が微笑み奈々もおかしそうな顔をする。
『美優のやつ…無理しちゃって…よっぽど由起ちゃんが気に入ったんだね…』
だが美夏だけは美優の心中を察していた。
「由起ちゃんがそういってるんだから冬威、気を付けて行っておいで」
ニヤニヤしながら奈々が言う。
「わかったよ、由起が疲れてないんならいくらでも付き合うよ」
「ありがとう冬威」
由起が満面の笑顔になる。
冬威と由起が表に出る。
もうだいぶ日も伸びてきた。
まだ薄暗くもなっていない。
由起は冬威の腕に絡みつくとふたりはしばらく無言で歩く。
線路沿いの道を行き踏切を渡る。
小さな坂を下ると海の方へと進む。
「なにこれ?」
由起が小さな坂の下の方を指さす。
「ふたりかい…って書いてある」
由起の視線の先には石で作られたモニュメントがあった。
「ああ…金谷の至る所に石でできたモニュメントが置かれているんだよ。金谷は鋸山で採れた房州石、金谷石が有名だからね。他にも色んな石のモニュメントがあるよ。北海道の学生たちが創ったんだ。種、鳥、海にあるもの、あじ実、金谷の跡、魚、太陽、明日、雲、家きく、想い…全部で32体ある」
「そうなんだ、可愛い…。冬威、今度金谷中の石のモニュメント見て回ろう!」
「それいいね! 街中をゆっくり散策しよう!」
そんなことを話しながら浜金谷駅前の十字路を左折して国道127号線を渡り東京湾フェリー乗り場へと向かう。
フェリー乗り場の駐車場を突っ切って海の方へと歩く。
「冬威あれ何?」
由起の視線の先に夕陽と小さな鐘が付いたモニュメントが目に入る。
「あれは『幸せの鐘』だよ。夕暮れ時、カップルでこの鐘を鳴らすと永遠の恋が成就するといわれてる。ここが一番夕陽がきれいに見える場所なんだってさ」
「そうなんだ…永遠の恋が成就する…のね。冬威?」
「ん?」
「冬威も少しは女心がわかってきた? もしかして?」
小首を傾げながら冬威に言う。
「ははっ…どうだろ…」
「夕陽…きれい…富士山も見えるね」
海風が由起の髪を撫でる。
「どう? 由起、頭がスッキリした?」
「ん? う、うん」
由起が曖昧に頷く。
幸せの鐘の先にある防波堤に腰掛ける冬威と由起。
黄昏の中たたずむふたり。
『このまま時が止まってしまえば良いのに…』
心の中で由起が呟きそして声に出して冬威に伝える。
「冬威…由起はこのまま時が止まってしまえば良いって思ってるよ…」
冬威の肩に頭をもたれかける由起。
その目は遠く対岸を見つめながらも、心はすぐ隣にいる冬威の中に深く入り込もうとしていた。
決して忘れられることのないよう。
いつもその心の中にいられるように…。
「由起…今この時は永遠だよ…。時はとどまることなく流れてもそれに流されることなく俺たちふたりは永遠にここにいるんだ…」
そういうと肩にもたれかかる由起の髪に口づける冬威。
由起がゆっくりと目を閉じ、尚も一層冬威に体を預ける。
東京湾を渡る海風が、ふたりに優しく吹きつけていた。