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愛とかよくわからないけど、なんか痛い 78 空っぽの冬威…ただ物体としてのみ打ち置かれた生きる骸

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愛とかよくわからないけど、なんか痛い 78 空っぽの冬威…ただ物体としてのみ打ち置かれた生きる骸

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『雨…雨が降って来たのか…』
冬威は心の中でそう呟いた。
冬威の意識は過去にあったが量子の揺らぎにより一時的に未来にその意識が戻っていた。

『卯月先輩、葵衣ちゃん、由起の未来は変えられたけど…やはり元の事態を踏まえてでなければ完全な回避にはならなかった…。そしてそれは俺も同じ…。どんなに過去を変えたところでこの通過点に変更はない…。この谷底で石ころのように転がっている事態からの回避が起点。しかしここに至るまでの過去が変わっているという点でそれまでとは違う流れになるはず。が、それも時間の問題。動けない状態での谷底での雨。このクライシスをどうにか切り抜けなければ…。それにはまずこっちに戻ってこないとな。ははっ…戻ったところでどうにもならないか…。それでも俺は、やはり戻らなければ。仮に、仮に戻ってもどうにもならずここで絶命するとしても手前の未来は変わっているはず…。で、あるのならばそれはそれで満足だ…。少なくとも卯月先輩は生き続け、葵衣ちゃんも未来へ進み、そして由起も未来を取り戻す…。最悪の事態となったとしても俺は俺の『願い事』を叶え由起と再会し、かつては存在しなかった時を共に過ごせた。それで充分…満足だ…』
ヘルメットの中の冬威が微笑みを浮かべそしてまた意識を失っていった…。

谷底に落ちた冬威は仰向けに横たわり雨に打たれていた。
街灯ひとつない峠道、この時間にこんな場所を通る車もない。

ヘルメットを被っていたことで頭部へのダメージは最低限に抑えられたようだ。
大粒の雨がヘルメットや体を叩く音で一瞬意識を取り戻したが再び闇夜に溶け込む。

完全な闇の中、ただ雨音だけが音を立てる。
雨音がなければ死後の世界と相違がないほどに暗黒と無音の世界であった。

しかし意識を失った冬威には既にそんな差異は意味のないものとなっていた。
意味があるとすれば山奥の峠道であることと、この雨である。

仰向けであることである程度猶予は与えられたが激しく降り続ければいずれ谷底にたまった水が冬威を飲み込むであろう。

そして雨と気温の低さが冬威から体温を奪う。
かろうじで携帯電話は圏外でないが意識を失った冬威には意味をなさない。
さっきから何度も何度も呼び出し音がコールし、ラインの着信音も鳴り続けている。

しかしその音は冬威の耳には届いていない。
安らかに眠るかの如く天を仰いで動かない冬威。
闇夜に降り続ける雨は容赦なく冬威に打ちつけている。

冬威の心に澱となって溜まり続ける悔恨の念を洗い流す。
やがてそれがきれいに流し去られる頃冬威は自ら蘇るだろう。
だが未だその時は訪れない。

谷底に横たわる冬威からは完全に意識が消失し、夢さえも見ることはない。
空っぽの冬威。

今の冬威には過去も現在も未来も存在していなかった。
ただ物体としてのみ打ち置かれた生きる骸。

弱くなっていく鼓動と呼吸、そして段々と奪われていく体温。
その現実だけが今の冬威の全てだ。

過去は望み通り変わり、かつての悔恨はもうその胸に去来することはない。
しかし引き起こされた現実は決して元に戻ることはないのだ。
つまり悔恨を振り切るための死のライディングがもたらした現実は変更されることはない。

その行動の起点、つまり発端は変わったとしても谷底に落ちるという結果は変わらないのだ。
ここから、全てはここから変わっていくのである。
過去の冬威の行動がここでの結論に変化をもたらすであろう。

あとは時間の問題だ…。
空間には意志が満ち溢れている。
冬威の意思、由起の意思、葵衣、卯月、美優、美香、奈々、雅樹、キープ…。
冬威を取り巻く意思が必ずや冬威に影響を与える。

量子単位でのエネルギー体であるはずの意思はまた、その先の冬威の行動からも変化がもたらされるはずである。
冬威に白い腕時計を託した遥の意思もまた決定的に冬威の現実に変化をもたらすであろう。

この空間は意志に満ちている。
満ち満ちる意志の、ひとつひとつが現在を、過去を、未来を決定づけていく。
ここに存在する 数多 ( あまた ) の意志がやがて、ひとつとなり未来を切り開いていくのだ。
多くの『願い事』がやがてひとつに収束されるように…。

冬威は揺らぎの中に身を委ね、復活と消滅の狭間を漂っている。
冬威のすぐそばで多くの意思がその復活を呼びかけていた。
過去から、現在から、未来から…

『冬威…冬威…冬威…』
その声はやがてひとつになり冬威の耳に届くであろう。

「冬威! 由起のそばを離れないで。冬威のいない未来なんか由起はいらない」
由起の想いが叫びとなって冬威の魂を揺さぶり起こす…。

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